歴史、音楽、サッカーをテーマに、ヨーロッパ各国とアメリカ各州を歩いた旅の記録です。アジアも少し歩き始めました。

ヨーロッパの旅は、バルセロナやドルトムントなど有力サッカーチームの試合観戦と古代ローマなど西洋史の舞台や遺跡を巡ります。

アメリカ各州の旅は、ポピュラー音楽を楽しみつつ、その歩みや歌詞を手掛かりに、各地の文化、歴史と触れ合います。移民大国、人種のサラダボウルと呼ばれる国、アメリカ。生み出される音楽も実に多種多様です。以下はこの旅で出会った音楽です。

country music (カントリー)、western swing (ウェスタンスウィング)、roots rock (ルーツロック)、southern rock (サザンロック)、pops (ポップス)、bluegrass music (ブルーグラス)、folk music (フォーク)、mountain music (アパラチア山脈の伝統音楽)、blues (ブルーズ)、R&B、soul music (ソウル)、Dixieland jazz (ディキシーランドジャズ)、cajun music (ケイジャン)、zydeco (ザディコ)、minstrelsy (ミンストレルシ)                      (タイトル写真) Pensacola Beach,Florida,USA
     

2/02/2016

18. Mardi gras(マルディグラ)



- 平成28年2月2日火曜日 19:00
ルイジアナ州ニューオリーンズ




娘とニューオリーンズに行くというと、忠告を受けた。Mardi gras(マルディグラ)の日は "Stay away from Bourbon Street" (バーボン・ストリートに近づくな) ということらしい。
2016年のニューオリンズのマルディグラは2月9日。

Mardi gras(マルディグラ)の衣装

なんでも、当日はマスクを被って乱痴気騒ぎ。ドラッグが蔓延し、風紀は乱れ、翌朝はゴミだらけになるらしい。リオのカーニバル並み?? 
マルディグラは各国で行われているが、ニューオーリンズのお祭りは世界で一番派手らしい。

マスク




Mardi gras(マルディグラ)はフランス語。直訳すると「太った火曜日」(Fat Tuesday)という意味だ。

元々は、カトリックの行事から来ているらしい。彼らは、イースター(キリストの復活)の40日前から肉を食べないなどストイックな生活に入る。その直前の火曜日がMardi gras翌日からは痩せていくという意味だ。だからこの日だけは羽目をはずしてもOKということなのかな。


南部のアメリカ人は、プロテスタント(特にバプティスト)が多い。しかし、ルイジアナ州に多いケイジャン(cajun フランス人移民としてルイジアナに来た人々)はカトリック教徒だったので、Mardi grasのルーツは彼らのようだ。


バーボン・ストリート(New Orleans)

現地に着いた日は、Mardi gras(マルディグラ)の1週間前。すでにバーボン・ストリート(Bourbon Street)はMardi gras の雰囲気だ。
この通りは、Jazz、Soul、Blues、Cajun 、Zydeco等様々な音楽のクラブが軒を並べる観光地。いろんなスパイスが混じってるBBQソースのような濃厚なエリアだ。


Cajun とZydecoの音楽クラブ
Cajun(ケイジャン)音楽は、フランス移民Cajun達がアコーディオン、フィドル、ギターなどで演奏するダンス音楽。パーカッションとしてWash Board(洗濯板)が使われる。

Zydeco(ザディコ)は、黒人音楽とCajun音楽とが融合した音楽。楽器編成はCajun音楽に似ているから区別がつかないこともある。

ディキシーランド ・ジャズのメッカ Preservation Hall

ライブ演奏のスケジュール


Bourbon といえばアメリカンウィスキーの事だが、元々はブルボンというフランス人の名前


ビーズやマスクを売るギフトショップ 

ビーズ投げ(ベランダから男が女に向かってビーズのネックレスを投げる習慣)はもう始まっている。


ベランダからビーズ投げに興じる人々




ビーズを拾う女性

ホテルのパティオ
St.Ann通りに面したこのホテル。古いレンガ造りの外観だが、パティオ(中庭)が素晴らしかった。

この辺りは、スペイン領時代の名残りからか素敵なパティオのある建物が多い。通りからはわからないので、それをチェックしてから宿泊先を決めるのがいいと思う。

17. マイルストーン


マイルストーン(Milestone)とは、古代ローマ時代、街道に1マイル(約1.6㎞)ごとに置いた石柱のこと。


古代ローマ アッピア街道のマイルストーン(Wikiより)



マイル標識(アメリカ フロリダ州)


アメリカの主要道路には、古代ローマ時代と同様、1マイルごとに標識が設置され、次の町までの距離を知らせている。


1.9マイルの標識(ルイジアナ州ポンチャートレイン湖)
アメリカの道を走っていると、場所によっては、1/10マイルごとに置かれている場合もある。
上の写真は、ニューオリーンズ郊外にある世界一長い橋、Lake Pontchartrain Causewayでみかけた1.9マイルの標識。
橋の長さはなんと38㎞。東京湾を横断するアクアラインの2倍以上!




さて、この湖上の橋を渡ると、いよいよニューオリーンズだ。

2/01/2016

16. バスボイコット運動

- 平成28年2月1日月曜日 13:00






Rosa Parks 博物館   
(アラバマ州モントゴメリー)

ロサ・パークスさんが乗ったバス停

それは、1955121日、アラバマ州モントゴメリー(Montgomery)で起こった。

アフリカ系の女性ロサ・パークスさん(Rosa Parks)は、座席を白人に譲れというバス運転手Blake氏の指示に従わなかったとして、逮捕され、市民刑務所に連行された。

ジム・クロウ時代の人種隔離法下での出来事だった。


逮捕された地点


この逮捕は、黒人指導者らに125日(ロサ・パークスさんが裁判所に姿を現した日)バス乗車の1日ボイコットを指導する契機になった。



彼女の信念と1日バスボイコットは、モンゴメリー改革協会の設立を促し、その結果、バスボイコット運動の継続につなかった。

1956年11月、条例違反で罰金刑を受けたロサさん上告に対して、連邦最高裁判所は、モントゴメリー市条例の人種隔離規定に違憲判決を出し、公共交通機関における人種差別は禁止された。ボイコット運動は381日間続き、最高裁の違憲判決の翌日に終結した。




15. 西へ1100キロ

- 平成28年2月1日月曜日 10:00





ジョージアから西に向かい、ケイジャン(Cajun)カントリーまで行こうという事になった。ケイジャン(Cajun)とは、ルイジアナ(Louisiana)に移り住んだフランス人のこと。

中心地は、ルイジアナ州ラファイエット(Lafayette)。フランス人の音楽とアメリカ南部音楽がミックスした独特のダンス音楽であるケイジャン音楽(Cajun Music)の故郷でもある。

ルイジアナ(Louisiana)州は、アメリカでありながら、フランス語が併用される地域である。
州都はBaton Rouge(バトン・ルージュ)。Rougeとは、フランス語で赤。


チャタフーチー(Chattahoochee)川


カントリー音楽の現役大スター、アラン・ジャクソンの代表曲の一つにチャタフーチー(Chattahoochee)という変わったタイトルの曲がある。

実はジョージア州を流れる川の名前だった。

そのチャタフーチーが流れるジョージア州の州境の街コロンバス(Columbus)を抜け、アラバマ州に入る。



アラバマ州の2つの都市、モントゴメリー(Montgomery)とモビール(Mobile)を通り、ディキシーランド・ジャズの街ルイジアナ州ニューオリンズ(New Orleans)を経由してラファイエット(Lafayette)に至る690マイル(約1,100㎞)の道のり。


1/30/2016

14. チャールストン(Charleston)




- 平成28年1月30日土曜日 14:00

サムター要塞から戻り、チャールストンの街を散策する。



チャールストンは、市の人口12万人、周辺の都市圏全体で66万人規模。地理的には、2つの川に挟まれ海に突き出た半島にある港町。沖にあるのがサムター要塞。

昨日立寄ったサバンナと同様、綿花輸出と奴隷貿易で栄えた古都である。

まずは、シティー・マーケットと呼ばれる市場に向かった。市場の歴史は古く、開設は1807年に遡る。当初は野菜や肉が中心だったらしいが、今は、アクセサリーや日常品、食料はお菓子や調味料などが多い。

シティー・マーケット(チャールストン)

土曜日ということもあり、マーケットには大勢の人が繰り出す。市場の周りには、港町らしくカニやオイスターのシーフードレストランが軒を並べる。


St.Phillip's 教会
フレンチプロテスタント教会(1845)



住宅街の石畳(チャールストン)



サウスカロライナ州のシンボルは、パイナップルとパームツリー(パルメットヤシ)。至る所で見かける。

パイナップルは、漁師が無事に帰宅した事を伝えるため、妻が玄関先に吊るす習慣があったそう。昔は輸送手段が乏しく、パイナップルは高級な果物だったそうだ。



落ち着いた町並み(チャールストン)



パームツリー(パルメットヤシ)が茂る

サウスカロライナ州旗もパームツリー(パルメットヤシ)
南部の州旗は、南北戦争時代の南軍旗のデザインを生かした州がある中、サウスカロライナ州は、とても特徴あるデザイン。

三日月は、イスラム教とは全く関係なし。首の周りに取付た防具の形らしい。

ウォーターフロント公園(チャールストン)


13. 砲撃開始



- 平成28年1月30日土曜日 12:30
船はサムター要塞に約1時間停泊する。制限時間内で、要塞を見学し、博物館に入り、ギフトショップにも寄り、同じ船でチャールストンに帰る。かなり忙しい。

展示物の説明を読んでいるとすぐ時間が経ってしまう(^_^;)ネイティブの人でも時間が足りないらしいのに。

サムター要塞にある博物館(入口付近)

グレーの11州が南軍
北部の政策と対立し、1860年、サウスカロライナが真っ先に合衆国を離脱、南部の10がその後に続いた。


1861412日夜明け前、ジョンソン要塞からサムター要塞へ砲撃開始。これが南北戦争の始まりを意味していた。
南軍は34時間にわたり砲撃を続け、合衆国軍(北軍)の駐屯隊は降伏した。その後4年に亘り、南軍は占拠を続けた。





使われた砲弾 
モルタル製のシェルに黒色火薬の粉が入っている。


チャールストンの港に砲弾の音が響く
ついにルビコン川を渡った



サムターの攻防は南北戦争のシンボルとなっていた。
チャールストンは、綿花、コーン、インディゴ等の輸出と奴隷貿易で栄えた南部最大の港町。南軍はどうしても確保しておく必要があった。



南軍の手に落ちたため、チャールストン港は北軍の大西洋岸のバリケードの抜け道になり、南軍は綿花との取引でバハマ諸島から様々な武器を手に入れていた。北軍は周囲を包囲しチャールストン港の制海権を得ようと試みる。


18652月までには、北軍により解体されたも同然になり、南北戦争自体も終戦に近づいていた。













12. サムター要塞(Fort Sumter)



- 平成28年1月30日土曜日 10:37








昨夜はサバンナから1時間半ドライブで、サウスカロライナ州チャールストンに到着。今朝は、チャールストン沖合にあるサムター要塞(Fort Sumter)へ向かうため、チャールストンの湾岸エリアへ。

途中、南部最古のアフリカ系メソジスト教会、Emanuel African Methodist Episcopal Churchを通過する。
昨年6月17日、白人青年が教会内で銃を乱射し、男女9名が犠牲になった教会だ。
Emanuel African Methodist Episcopal Church



サムター要塞行きの船着場に到着



11:00発の船に乗船。船室では、レンジャーハットの男性がサムター要塞の歴史を説明してくれる。

サムター要塞は、南北戦争(American Civil War)が始まった場所。アメリカ人なら誰もが歴史で習う。

アメリカ合衆国が外敵からの防衛のため、チャールストン沖に設けていた砲台、サムター要塞。

1861年、合衆国に反旗を翻した南部の諸州が要塞を砲撃し、占拠したことで、アメリカ最大の内戦、南北戦争が始まった。

1868年、日本でも内戦が勃発した。旧幕府軍の軍艦2隻が薩摩藩の軍艦を砲撃し、いわゆる戊辰戦争が始まった。

ほぼ同時代に起きた2つの内戦。日米ともに旧守派が敗北したのはただの偶然だろうか。



サムター要塞
約30分でチャールストン沖のサムター要塞に着岸。思ったほど広く無い。東京湾に作られた砲台、「お台場」と同じくらいでは?
旧第三台場(台場公園HPより)

サムター要塞からチャールストン側を望む

遠くに見えるモーリス島から、南軍が要塞に砲撃した。