歴史、音楽、サッカーをテーマに、ヨーロッパ各国とアメリカ各州を歩いた旅の記録です。アジアも少し歩き始めました。

ヨーロッパの旅は、バルセロナやドルトムントなど有力サッカーチームの試合観戦と古代ローマなど西洋史の舞台や遺跡を巡ります。

アメリカ各州の旅は、ポピュラー音楽を楽しみつつ、その歩みや歌詞を手掛かりに、各地の文化、歴史と触れ合います。移民大国、人種のサラダボウルと呼ばれる国、アメリカ。生み出される音楽も実に多種多様です。以下はこの旅で出会った音楽です。

country music (カントリー)、western swing (ウェスタンスウィング)、roots rock (ルーツロック)、southern rock (サザンロック)、pops (ポップス)、bluegrass music (ブルーグラス)、folk music (フォーク)、mountain music (アパラチア山脈の伝統音楽)、blues (ブルーズ)、R&B、soul music (ソウル)、Dixieland jazz (ディキシーランドジャズ)、cajun music (ケイジャン)、zydeco (ザディコ)、minstrelsy (ミンストレルシ)                      (タイトル写真) Pensacola Beach,Florida,USA
     

1/28/2016

8. Cannonball House (キャノンボール ハウス)


- 平成28年1月25日月曜日 13:30
ジョージア州メーコンにある、Cannonball House(砲丸の邸宅)に来ている。
この建物の建設は1853〜55年というから、南北戦争の始まる10年前だ。メーコンに残る最も古い邸宅の一つで、裁判官の家だった。ギリシャ風の建築が目を引く。

キャノンボールハウス
南北戦争時代の大砲(cannon)が目印



各部屋に暖炉がある







ダイニング




1864年、南北戦争が始まると、北軍のシャーマン将軍はメーコンを壊滅させるため、ストーンマン(Stoneman)を指揮官として派遣した。当時メーコンは南軍の軍需産業の拠点であったからだ。大砲から軍服や薬まであらゆるものを生産していた。
7月30日、ストーンマンは、メーコンにて砲弾で攻撃を開始し、破壊の限りを尽くした。砲弾はこの邸宅にも着弾し、痕跡は今も残っている。


その後、ストーンマンは南軍の捕虜になるが、捕虜交換で復帰し、バージニア州の戦線で南軍を壊滅させた。 この時の様子は、The Bandが、"The Night They Drove Old Dixie Down"という曲で取り上げている。(⇒2015-7 No34へ)

一方、北軍シャーマンの本隊は、南軍を混乱させるため幾つかに分かれ、ジョージア州を東岸のサバンナ(Savannah)まで侵攻(Sherman's March to the sea)し、ジョージアは焦土と化した。(⇒2015-7 No34へ)


北軍シャーマンのジョージア行軍
(
Sherman's March to the sea)


0 件のコメント:

コメントを投稿