ベローナ
9/18 ベネチアからユーロスターに乗り約1時間、14:00ベローナ着。ベローナ発15:10ミラノ行きのチケットを買い、駅を出る。1時間しかない。タクシーに乗り、ベローナ観光をする事に。気のいいドライバーがにわかガイドも務めてくれた。最初はジュリエットの家
最近のテレビ番組で、ロミオの家など国王派の家には、屋根の周囲に王冠風の装飾があると言っていた。スカリジェッロ橋(下の写真)にあるような装飾のことだ。
ジュリエットの家には無かったので教皇派だったのだろう。
- 平成22年9月18日土曜日 14:22
円形闘技場(アレーナ)
ここで開催されるベローナ音楽祭は有名。
ここで開催されるベローナ音楽祭は有名。
ガイドブックによると、この円形闘技場は、ローマのコロッセオより前に完成していたとのこと。コロッセオは1世紀後半だから、ここはイエスの誕生の頃にはあったのか? ひょっとしたらもう少し前、カエサル(シーザー)の活躍した時代か。長いガリア戦争を終えてアルプスを越えてきた英雄を、ベローナの巨大アレーナが迎えてくれたのだろうか・・・いずれにしても2000年前の建造物がほぼ完全な形で残っているのには驚くしかない。
カエサルがルビコン川を渡った頃、日本は古墳時代。まだ歴史が明らかでない時代なのだ。邪馬台国が登場するのは二世紀より後の話だが、それも定かでない。中国の歴史書を手がかりに、どこにあった国なのか論争になっている。
一方ローマは、カエサル自身の書いた「ガリア戦記」が今でも岩波文庫に並んでいる。二世紀には、帝政ローマは繁栄を極め、地中海一帯はもちろん、現在のイングランドやドイツにまで領土を拡張していた。上下水道が整備され、闘技場・大浴場など娯楽施設も設けられ、すべての道はローマに続いた。とにかく、歴史がはっきりしていて、遺跡もリアル。特にナポリ近郊のポンペイには、西暦79年の日常生活がそのまま残っていて、圧倒される。
(追記) このアレーナについて、Wikipediaによると「この闘技場はアウグストゥスの治世(紀元前27年 - 紀元14年)の末期か、あるいは遅くとも紀元後30年頃完成したと考えられているが正確な日時は特定されていない。」とのこと。カエサルの時代に存在していたとしても、建造中ということか。
- 平成22年9月18日土曜日 20:14
アディジェ川とスカリジェロ橋(ベローナ) |
ベッキオ城(ベローナ) |
ベローナは、こじんまりとして落着いた街。観光ポイントも集中しているので助かった。
時間があれば、ヴェネツィアの混雑を避けて、ここに泊まるのも良いと思った。
ドライバーは簡単な英語なら理解してくれたので、行き先と数字だけをイタリア語で言えば、何とか会話になった。タクシー代は€15。€5をガイド代としてチップにしたら、とても喜んでくれた。
いよいよフィナーレ、ミラノ マルペンサ空港へ急ぐ
15:10 ベローナ発
16:40 ミラノ中央駅着
16:50 M2に乗換え
17:00 カドルナ駅着 土砂降りでタクシーがいない。
17:10 タクシー乗車
17:20 ホテル 着
フィレンツェに出発時に預けたスーツケースを取り、再びタクシーに。
17:28 再びカドルナ駅着。
17:29 マルペンサExpress 出発時間まであと1分。走れ!切符を買う。
17:29に買った切符 |
17:30 列車が待ってくれる。飛び乗る。間一髪間に合った。
18:20 マルペンサ空港駅に到着し第一ターミナルへ。
18:45 税間に並ぶ
17:00 チェックインが先だった。
17:15 再度税関に並ぶ。機内持ち込みしない場合は、税関でスーツケースを預ける。日本に届くかちょっと不安。
20:20 セキュリティチェック、出国手続き後、リファンドの窓口に並ぶ。なかなか進まず。ようやく終了。搭乗口へ急ぐ。DFで買い物も出来ず搭乗、成田へ。
(リファンドする荷物はできるだけ機内持ち込みにすべきだった。パスポートコントロールを過ぎたら、左手にも税関がある。ここは余り知られていないのか、殆ど並んでいない。)
最後は駆け足になったが、充実した7泊9日の旅だった。 Fine